我が明治大学落語研究会には、気質、気風に関して明文化された“落研訓“のような物もございませんし、そういえば「落研部員たる者〜であれ」的なことを先輩より言われた記憶もございません。しかし、高座を完成させた後輩達を見て、六年間のブランクなど屁でもなく、代々の各々の部員が自覚し歴代のOB諸氏から脈々と受け継がれてきた明大落研の気質、気風を再確認させられた思いが致しました。
彼らにしても遊びたいのを辛抱してやっと大学に入ったわけでございます。本音はメスの群れの中でときめきキャンパスライフを満喫したいはず。学園祭に肉体労働などしたいはずがございません。これぞ明大落研の気質の一つである “痩せ我慢” でございます。実際、過去、落研の歴史の中で学園祭前後に“我慢出来ず”辞めていった部員がどれほど多かったことでございましょう。悪戦苦闘の高座作りのジレンマに、落語さえ出来ればいいじゃないかと、適当な所でほっぽり投げることをいつでも出来たはず、楽をしようと思えば出来たはず、なのに何故、徹夜までして高座を完成させたのでございましょうか?これまた明大落研の気質の一つ、落研部員は“名こそ惜しけれ”を貫いたわけでございます。
「自分という人間の名においてそんな恥しいことはできない」
「歴代のOB諸氏が当たり前に作られてきた高座を自分達は当たり前に作れない、そんなダサイことを、明大落研部員の名においてそんな恥しいことは絶対出来ない」
まして、部員は、十何代近く又はそれ以上続く高座名を襲名し、その重みを背負っているわけでございますから、
「O代目紫紺亭OOの名においてそんな恥しいことは出来ない」
と、自らを厳しく律するわけでございます。
“痩せ我慢” と “名こそ惜しけれ” を貫き高座を完成させた落研部員達はそれを誇らしく見上げ、自分のことをたまらなく“カッコイイ”と思い、そして、昨日まで羨ましいと思っていたキャンパスの群れどもが瞬間冷凍のように“ダサイ”と思えてくるのでございます。
“人間的にカッコイイ” これを別の言葉に言い換えると、江戸っ子がこよなく愛する言葉、江戸落語に当たり前に出てくる “粋” というヤツでございます。落語の噺の中には、苦しいのを苦しい、痛いのを痛い、熱いのを熱い、知らないのを知らない、と口に出せばいいものをそれを潔しとしない“痩せ我慢型登場人物”や、無理難題を押し付けられたり、女に泣きつかれたりして、よせばいいのにそいつを引き受け、悪戦苦闘しながらも何としてでも成就しようと努める“名こそ惜しけれ型登場人物”が多々出てまいります。彼らは、“人間的にカッコイイ” 自分でありたいから、 “粋” と皆から呼ばれたいから “痩せ我慢” と “名こそ惜しけれ” を貫くのでございます。
ドラマ、アニメの主人公、野球選手、格闘家、F1レーサなど人にはそれぞれ“あこがれ”というものがございます。自分もああいう人間になりたいと願わせ、近付けるよう自身を磨くことを促してくれる神様がくれたすばらしい感情の一つでございます。明大落研部員の場合はいかがなものでございましょうか?
例えば、居酒屋に行ったと致しましょう、店内は超満席、従業員さんは右往左往のテンテコマイ、こういった状況で、学生の分際でオーダーが遅いことに従業員を呼びつけクレームをつける輩をしばし見かけたり致します。しかし、我が落研の場合、こういったところは本当にちゃんとしているのでございます。
「腹も減っているしビールも早く飲みたい ・・・」
けれどもここで “粋” でありたいから “痩せ我慢” を貫くわけでございます。相手の立場を気遣う者と、自分の立場だけで物言う者、どちらが “人間的にカッコイイ” か、そのようなこと言わずと知れたことでございます。我慢のきかない新入生が従業員にクレームをつけようものなら、上級生はそいつを烈火の如く叱り付けるのでございます。落研部員は礼儀正しいですし、前述のように気遣いも見せます。落研だけあってすぐ誰とでも仲良くなってしまいますから居酒屋の皆様にはとても気にいってもらえ、それ故、いろいろ好くして頂いているわけでございます。
「常日頃お世話になっている方々に文句つけるなんざあ〜 明治大学落語研究会の名においてそんな恥しいことすんじゃねえ〜」
ってな具合でございます。
叱られた新入生は、いつもバカばっかり言っている上級生の、このギャップ、このカッコよさ、この粋さに感動し、自分もこうなりたいと願い、近付けるよう自身を磨くことを決意するのでございます。
こういったカタチこそ“伝統”というのでございます。キャンパスの群れたちが着たお揃いのジャンパーの背中にはたいがい、例えば、“SINCE1986”などと書かれております。“伝統”を強調 しているつもりなのでございましょうが、ただ月日を重ねただけの、動物的本能だけで活動するだけの、見た目のカッコよさ、見た目のスマートさだけを追求し、人間的なカッコよさ、人間的なスマートさを次世代に教え伝えない組織のことを決して“伝統”とは申さないのでございます。
創部四十年を誇る我が明治大学落語研究会は、江戸落語、そしてその中に登場する生き生きとした人物たちと交わることにより、粋々(いきいき)とした正真正銘のカッコイイ人間を輩出し続ける正真正銘の“伝統”の部でございます。
平成2年卒業 三浦 健 記述
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